科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

連載

イルカ・クジラ―海の頂点捕食者から明らかにする生態系の構造と機能

「百獣の王」といえばライオン。シマウマなど大型の動物を単独で襲う姿から地上最強の動物とされ、動物園でも一・二を争う人気者です。では、海の「百獣の王」は、どんな動物なのでしょうか?たとえばシャチは、集団でアザラシやクジラを襲うことが知られていて、まさに「百獣の王」のイメージにぴったりです。他には、時に海水浴中の人間をも襲うことで恐れられるホホジロザメやイタチザメ、鋭い歯で大型魚類を捕食するオキゴンドウなども「百獣の王」の有力候補かもしれません。こうした生き物たちは、生態系のなかの頂点捕食者あるいは高次捕食者と呼ばれています。生態系は、植物や植物プランクトンが太陽光からエネルギーを取り込み、さらに小型の動物から、中型、大型の動物へと食う―食われるの関係を通してエネルギーが伝えられる、その構成生物すべてから成り立っています。生態系の中で、植物や植物プランクトンは第一栄養段階と呼ばれ、それを食べる小型の動物は第二栄養段階、さらにそれを食べる動物は第三栄養段階…とされ、栄養段階が高くなるほど生物の数が少なくなることから、こうした生態系の構造はピラミッドに例えることができます(図1)。ライオンやシャチは比較的大型の動物を捕食する一方で、ほかのどんな動物からも食べられることがなく、このピラミッドの頂点に位置しているために「頂点捕食者」などと呼ばれるわけです。


図1.海の生態系構造

さて、生態系と一口に言っても、その構成生物は実に多様で、植物プランクトンや動物プランクトン、カタクチイワシなど小型の浮魚、マグロ・カツオなどの大型魚類、イカ類、サメ類などそれら数百、数千種の食う―食われるの関係すべてを網羅的に把握することはとても困難です。しかし、そうした複雑な関係も最後は少数の頂点捕食者に辿り着くと考えれば、頂点捕食者の分布や個体数、食性、行動などを把握することで、その種が属する生態系の特徴をおよそ推定することができることになります。このような考え方から、私たちは、2014-2015年の2年間、公募研究班として「鯨類からみた海洋区系と機能」という課題に取り組みました(本連載の「6.クジラのすみかはどのような要因で決まっているのだろうか?」をご覧ください)。この課題では、様々な種の鯨類について、地理的な分布範囲を明らかにし、それらの種間での違いが、海洋環境やそこに生息する餌生物の違いを反映している、つまり属する生態系の違いを表しているとの仮説を提示しました。しかし、本当に鯨類が生態系の構造を代表しているのか、分布の情報だけでは証拠不十分です。また、その種の分布範囲の中でも沿岸と沖合とでは、生態系のなかで果たす役割が異なるかもしれませんし、鯨類が季節的に移動・回遊することで、異なる生態系を使い分けている可能性もあります。


図2.C-Nマップ

近年、動物組織に含まれる安定同位体と呼ばれる元素の分析から、栄養段階を推定することが可能になりました。安定同位体とは、同じ性質を持ちながら重さ(質量数)の異なる元素のことで、重さの違いからその反応速度には違いがみられます。質量数が高い同位体は生物の体内に残存しやすく、餌として食べられると捕食者の体内で濃縮していくため、その存在比は栄養段階がひとつ上がるごとに、炭素安定同位体比で約1‰、窒素安定同位体比で約3.3‰上昇するとされています。様々な生き物について、炭素安定同位体比と窒素安定同位体比の値をプロットすると(図2)、C-Nマップと呼ばれるこの図から、両者の関係をひとつの直線状に表すことができ、食う―食われるの関係を推定することができます。また広い海の中では水温などの環境条件の違いにより、植物プランクトンによる元素の取り込み方に違いが生じます。その結果、生態系のベースとなる第一栄養段階の安定同位体比は海域によって異なると考えられており、海域によって異なる生態系が、複数の直線で表されることになります。私たちは、様々な鯨類について炭素・窒素安定同位体比を分析するとともに、植物プランクトンや魚類、イカ類の安定同位体比を分析している他班との共同研究により、北太平洋に存在する生態系をこの直線式から検出しようと考えています。また、鯨類が季節回遊によって生態系の利用の仕方を変えていることや同じ海域でも鯨類の種によって栄養段階が異なることなども検証していく予定です(金治 佑・岡崎 誠・吉田英可)。

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