科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

領域代表あいさつ

私たちの暮らしは海の恵みによって支えられています。水産物ばかりでなく、気候を安定化させ、大気の成分を調節し、水を浄化し、膨大な生物種を養い、さらには、美しい景観は精神の充足をもたらしてくれます。このような海洋がもつ多様で重要な機能を、深く理解して、将来にわたりうまく利用してこそ、海洋立国としての日本のあるべき姿です。

では、恵みを産み出す海洋生態系の構造と機能について我々はどのくらい知っているでしょうか。残念ながら陸上生態系に比べると我々の知識は限られており、広大な面積を占める外洋域で特に顕著です。その理由として挙げられるのは、外洋域では解析の対象となるべき熱帯、亜熱帯、亜寒帯などの区分が、海域的に広すぎるため、それぞれの違いを丁寧に見ることができず、結果として生態系の機能評価単位として扱いきれていませんでした。

これに取り組むには、第一のステップとして、海洋を、その生態系と物質循環のまとまりから整合性のあるサブシステムに分けて、サブシステム毎に見ていく必要があります。

本領域は、太平洋を対象に、1)物理海洋学、生元素地理、分子生物学的生物地理の3アプローチから整合的な海洋区系を確立して、2)各区系における物質循環と生態系動態を解明し、3)人類に様々な恵みをもたらす社会共通資本としての海洋の価値を区系ごとに評価して、4)海洋の恵みの持続的な利用のためのガバナンスに必要な法的経済的枠組みを明らかにすることを目的としています。従来、恵みとしては水産物や医薬品原料が社会的関心事でしたが、大気成分の調節などの物質循環機能による非市場性の恵みも対象としています。この領域で行われる様々な研究を通じて、海の多様な恵みに関する理解が進み、その持続的な利用のために必要な認識を醸成することによって、新たな海洋像を作り出したいと考えています。

東京大学大学院農学生命科学研究科
古谷 研