科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

連載

クジラのすみかはどのような要因で決まっているのだろうか?

皆さんは世界中に何種の鯨類が生息しているかご存知でしょうか?ひょっとするとイルカとクジラ、それぞれ1種だと思っている方も案外多いかもしれません。水族館によく遊びに行くという方なら、イルカショーでお馴染みのハンドウイルカ、カマイルカ、シロイルカ(英名ではベルーガ)など何種かの名前が思い浮かぶでしょう。また、子供の頃に給食で鯨の竜田揚げをよく食べた、という世代の方ならばマッコウクジラやナガスクジラ、ミンククジラといった大型の鯨のほうが馴染み深いかもしれません。種の分類は、厳密には研究者によって考え方が異なるので、必ずしも見解は統一されていませんが、米国の海産哺乳類学会が発表した分類“List of marine mammal species and subspecies”によると、現在89種の鯨類が世界中に生息しているとされています。ほかの海産哺乳類では、アシカ、セイウチ、アザラシ、オットセイなどの鰭脚類が33種、ジュゴン、マナティーなどの海牛類が5種ですから、鯨類がいかに多様に分化した哺乳類の仲間であるかが理解できるでしょう。


鯨類による海域利用:鯨類の様々な種は、海域によって異なる
物理・生物環境を利用し、それぞれに特有の分布特性を示す。

このように様々な鯨類が地球上に生息していることは、海の中には鯨類にとって好適な生息地(=ハビタット)が複数存在し、それらを特徴付ける物理環境(水温など)や生物環境(餌や生物生産構造など)にそれぞれの種が適応してきた結果とも考えることができます。陸上であれば標高の高い山や海峡などによって地理的な区系ができ、区系間で生物の移動が妨げられることによって、区系に特有の環境特性や生物種構成が見られるようになることが想像できます。一方、広大で一見変哲のなさそうな海にも、同じように物理・生物環境に境界があるとしたら、環境要因と鯨の分布との関連を探ることで、種によって異なるハビタットの境界線を見つけることができるかもしれません。ある種の鯨類のハビタットを物理・生物環境から説明することができれば、同じ環境に生息する様々な生物、たとえば餌となる生物や捕食者などとの関わりについても推測することができ、海域生態系のなかで鯨類が果たす役割について理解を深めることにもつながります。

私たちが研究対象とする北太平洋には、高水温・高塩分の熱帯海域から低水温・低塩分の寒帯・亜寒帯海域まで、南北に大きく物理環境が変化します。また沿岸域と沖合域では物理構造が大きく異なるため、東西方向でも物理・生物環境に違いが見られます。こうした変化は必ずしもなだらかなものではなく、フロントと呼ばれる海域を境に劇的に変化することがあります。たとえば北太平洋には、代表的なフロントとして黒潮・黒潮続流、亜寒帯境界、亜寒帯前線などが知られており、これらを境にして、水温や塩分などの物理環境が大きく変化します。フロントを境にした海洋区系間では魚類やイカ類などの生物種構成が大きく異なることが、NEOPSにおける他の研究班でも明らかにされてきました。過去四半世紀以上にわたり実施されてきた目視調査による鯨類の観察データをみると、いくつかの種ではこうしたフロントを境にして、分布が隔てられる様子が分かってきました。たとえばイシイルカは亜寒帯前線よりも北に、カマイルカは亜寒帯前線と亜寒帯境界の間に、マイルカは黒潮・黒潮続流の北に、マダライルカはその南側に主に分布しています。


小型鯨類4種の分布海域:イシイルカ、カマイルカ、マイルカ、マダライルカの
主分布海域は亜寒帯前線、亜寒帯境界、黒潮・黒潮続流によって区分できる。

公募研究班「鯨類からみた海洋区系と機能」では、過去の調査で観察された様々な鯨類について発見位置の物理環境を特定し、これらとフロントの指標となる水温・塩分値を比較することで、鯨類のハビタットと北太平洋の海洋区系との関係について解析を進めています。また鯨類の分布と環境要因との関係を統計モデルにより分析することで、区系内での分布の濃淡や種間での分布特性の違いを詳細に把握することにしています。広大な北太平洋に存在する複数の海洋区系とその生態的機能を、さまざまな種の鯨類が巧みに利用している様子を実証的に明らかにしていきたいと考えています。(金治 佑・岡崎 誠)

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