科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

トピック

河川から北極海へと輸送される溶存有機物は北極海の生態系を支えているのか?(北海道大学 山下洋平)

北極海には世界的大河川であるレナ川、エニセイ川、オビ川をはじめとした多くの河川から淡水が注ぎ込んでおり、それは世界中の全河川流量のうち約 11 % にも達します。一方、河川水が大きく影響すると考えられる北極海表層(200 m以浅)の体積は、全海洋体積の0.1%程度でしかありません。河川は、淡水だけでなく、様々な物質を陸上から海へと輸送します。従って、北極海表層は他の大海と異なり、陸起源物質の影響を大きく受ける海である事が想像できるかと思います。

河川により海へと輸送される陸起源物質の一つとして、陸起源溶存有機物があります。陸起源溶存有機物の多くは土壌中の有機物(植物の遺骸やそれが変質した腐植物質など)が溶け出し、河川へと移ったものです。北極海へ輸送された陸起源溶存有機物はそこに棲む微生物の栄養やエネルギー源となり得るため、北極海の生態系を支える重要な物質の一つです。近年の北極海研究では、陸起源溶存有機物は微生物に利用され易いと結論付けた研究がある一方、陸起源溶存有機物の多くは微生物が利用し難い成分であると結論した研究もあり、北極海における陸起源溶存有機物の挙動に関しては論争がありました。

そのような背景の中、北海道大学の山下准教授(研究計画A01班)と西岡准教授(公募研究班)の研究グループは、2013年7月に実施された北海道大学水産学部付属練習船おしょろ丸による太平洋側北極海(チャクチ海)の観測に参加し、溶存有機物の濃度や組成の分布を調べました。その結果、初夏のチャクチ海に存在する溶存有機物の分布は、陸起源、堆積物由来、海氷由来、海洋生物由来の溶存有機物が単純に混合した結果である事が分かりました。この結果は、夏季のチャクチ海では、陸起源溶存有機物の多くは微生物に利用され難い成分であり、微生物の栄養やエネルギー源という側面では、北極海生態系に大きな影響を与えないという事を示唆します。この観測では、初夏のチャクチ海のみを対象海域としましたが、本手法を他の海域や季節に適応することにより、北極海を「陸起源溶存有機物と海洋生態系の関係」という視点から、新しく区分できる可能性があります。

この研究は、NEOPSの他にGRENE北極気候変動研究事業、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)や北海道大学低温科学研究所・共同研究の一環として行われたもので、研究成果はScientific Reportsに9月23日付けで掲載されました。詳しい発表内容については下記をご覧ください。

http://www.nature.com/articles/srep34123

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