科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

トピック

淡青丸 KT-12-24次航海 報告(東京大学大学院農学生命科学研究科 高橋一生)

2012年9月12日から9月21日にかけて、学術研究船淡青丸で黒潮・本州東方亜熱帯海域において観測を実施しました。

亜熱帯貧栄養海域の新生産の大部分は従来、有光層下部からの硝酸塩供給に支配されていると考えられてきましたが、近年の研究結果により、窒素固定者の重要性が認識されるようになってきました。また、これまでの硝酸塩取り込みに基づくこれまでの新生産見積もりには、有光層内の硝化による再生生産が含まれている可能性が示され、本海域における新生産過程は従来考えられていたよりも、より動的で複雑であることが明らかとなりつつあります。一方、これらの過程を経て固定された窒素がその後、プランクトン食物網内で転送され、系外に移出していく過程についての知見は極めて乏しく、窒素固定者については、その摂餌者さえ特定されていないのが現状です。また亜熱帯貧栄養海域における動物プランクトンの摂餌—排糞過程、さらには個体の鉛直移動に伴う物質輸送(生物ポンプ)による見積もりは大西洋やハワイ周辺海域を中心に存在するが、西部北太平洋における知見はほとんどなく、また上述した新生産過程の違いを考慮した観測は過去に実施されていませんでした。


図1 窒素固定を行うラン藻 トリコデスミウム

このような背景から本航海(KT-12-24)は「亜熱帯海域における新生産過程が物質輸送に与える影響の解明」を目的とし、新生産過程の異なる亜熱帯貧栄養海域において、固定された窒素がプランクトン食物網内においてどのような経路で高次段階に移行、あるいは系外に移出するのかを明らかにすることで、新生産過程の違いが動物プランクトン群集組成および物質循環(生物ポンプ)に与える影響を評価することを目指しました。観測海域として新生産過程が異なる、フィリピン海(栄養塩枯渇海域)および先島諸島周辺海域(湧昇域)を予定しておりましたが、出航直前に発生した台風16号の影響のため観測計画の変更を余儀なくされました、幸いにも、新たな観測点とした黒潮外側の亜熱帯海域においても多くの窒素固定性ラン藻トリコデスミウム(右図1)の発生が確認され、ここで基礎生産、窒素固定、二次生産、移出生産に関する観測、培養実験を実施し、同時にセジメントトラップによる沈降粒子の採集にも成功しました。この他フィリピン海においても基礎生産、窒素固定、硝化、動物プランクトン排泄等に関する観測、培養実験を実施することができました。これら試料の解析により亜熱帯域での窒素循環像の詳細が明らかにされることが期待されます。

航海の経過は以下の通り。

9月12日 10時に清水港を出港。その後、東経138度線上の黒潮流軸点(Stn. 1)においてCTD、プランクトンネット採集を行う(写真1)。終了後、東経138度線線を南下、黒潮外側の観測点へ向かう(写真2)。
9月13日 昼前に黒潮外側域観測点(Stn. 2)に到着。台風16号の接近が予想されたため、第一回目の24時間観測の実施を決定。漂流系+セジメントトラップを投入後(写真3)、光観測、船上培養実験用の採水を実施。その後、4時間おきにCTD採水、動物プランクトン鉛直区分採集を実施(写真4)。この測点ではネット採集によりトリコデスミウムのブルームが確認された(写真5)。基礎生産、窒素固定、硝化に関連する船上培養実験を行う(写真6)。
9月14日 台風16号の接近による海況悪化を避けるため、午前11時に漂流系を回収し観測終了。
避航のため大阪湾へ(18日朝まで)。
9月15-17日 荒天待機(写真7)
9月18日 午前8時抜錨。入港地である那覇にむけ出航。
紀伊水道をぬけ、昼過ぎと夕方に船上培養実験のため黒潮域で表面採水(Stn. 3, 4)(写真8)。
9月19日 那覇に向け引き続き南下、朝と昼に船上培養実験のため表面採水(Stn. 5, 6)。
9月20日 日出直前にフィリピン海の観測点(Stn. 7)に到着。
CTD、光観測、船上培養実験用試料採取、プランクトンネット採集を実施(写真9)。
9時前に全観測を終了し那覇へ。
9月21日 14時、那覇入港(写真10, 11)。

1 夜半に最初の測点(Stn. 1)に到着。黒潮流軸付近においてCTD観測を行う。
2 ナノモルレベルでの栄養塩変動を把握するため航走中に表面海水の連続モニタリングを行う。
3 漂流系に沈降粒子を捕捉するためのセジメントトラップを装着し投入する。
4 動物プランクトンの日周鉛直移動パターンを把握するため鉛直区分採集を4時間おきに行う。
5 手曳きプランクトンネットの採集物。トリコデスミウムの群体が多数採集された。
6 船上培養実験。本航海では4つの培養槽が船上に設置され栄養塩動態、基礎生産、動物プランクトン摂餌等、多岐に渡る培養実験が実施された。

7 台風16号接近に伴い大阪湾に避航。研究室の窓から風の強まる大阪湾を臨む。
8 荒天の中、フィリピン海に向け南下中。途中培養実験のための表面採水を行う。
9  日出直前のプランクトンネット採集。
10 積み卸し直前まで培養実験試料の処理が続く。
11 KT-12-24航海参加者(1名は船内にて濾過作業中)。

図2 本航海の測点図および航跡に沿った流向・流速

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