科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

トピック

若手研究者海外派遣報告(東京大学農学生命科学研究科 呂昱姮 Yu-Heng Lu)

2014年11月からおよそ十日間に、科学研究費補助金新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」(NEOPS)若手研究者海外派遣プログラムの補助により、台湾の屏東(ピントン)県にある東港(トンガン)地区で現地調査を行うとともに、基隆(キールン)にある国立台湾海洋大学に行ってきました。

FAO(国連食糧農業機関)によれば,世界中の海洋漁業資源量は90%以上が満限または過剰利用がなされています。漁業資源管理は国連海洋法条約では沿岸国の責務です。現在,各国では持続可能な漁業資源利用を実現させるため、様々なガバナンスの努力を行っています。たとえば、漁獲可能量、禁漁期、作業日数や時間の制限などを実施しています。


図1. 漁船から卸売場にマグロを運ぶ人。

しかし、海には私有地の設定が物理的に難しく、誰にも使える共有物という性格が潜在的に存在します。漁業者の漁獲量を制限すれば、漁業者は収益を犠牲にする、すなわち経済的なコストを負担する必要が生じます。従って、ルール違反が生じないように、何らかの経済的なインセンティブを漁業者に与えることが重要な課題となっています。


図2. 東港サクラエビ漁業の卸売状況:左から3人目
(青い服)は漁協の販売責任者の許さん。隣の人は
仲買業者の人。

このような中,近年世界では共同管理(Co-management)が注目されています。これは,政府と漁業者一緒に漁業管理を実施することです。日本ではこのような漁業管理が明治時代以前から実施されており、漁業者によって組織された漁業協同組合(漁協)がその中止的役割を果たしています。日本の漁協と同じような組織として、台湾にも漁業協同組合が存在しています。これらは漁業者の生活を改善する役割を有し、毎日漁船の漁獲量、市場価格などのデータを収集し、それにより、資源の変動や同業者間でルールの遵守状況をモニターしています。またこのモニター結果を、漁業者に認識させ,更に合意などを通じて新しい規制などとしてフィードバックさせています。これに加えて,水産物のマーケティングなども行っています。このような漁協機能を発揮すれば、漁業経営にプラスの影響を与えるのではないかと見込まれていますが、実際のデータなどを使用してこれを検証する研究は台湾ではあまり行われていない状況です。


図3. 写真左から:国立台湾海洋大学の黄向文准教授、
張清風学長、東大の八木信行准教授、筆者。

そこで私は,台湾では管理が成功しているとされている東港のサクラエビ漁業を中心に、漁協の役割について調査を行いました。東港は台湾の遠洋マグロ漁業では水揚げが2位という台湾有数の規模を誇る漁港です。またサクラエビは、日本で駿河湾だけで水揚げされており、台湾では東海岸の宜蘭(イーラン)と東港の2カ所だけで水揚げされている産品で,世界的にも重要な生産拠点になっています。調査では,マグロ漁業とサクラエビ漁業の卸売、運搬、船、魚市場などの状況について観察をまず行いました。これらの知見をもとに、漁協の組合長、担当事務員、卸売司会(つまり販売責任者)、仲買人(つまり買受人)、漁業者などを対象に、サクラエビ漁業の歴史,管理に関する課題など聞取り調査を行いました。

聞取り調査結果により、東港のサクラエビ漁業は水産試験所、漁協と漁業者と共に、毎日漁獲可能量(TAC)や禁漁期などの資源管理と,ルール違反への罰則を自主的に設定して漁業管理を行い、その結果,資源量が維持されている点が把握できました。漁協はまた販路開拓や販売についても作業を行っていました。これはサクラエビの乾燥方法に関する新技術導入などです。この結果サクラエビの魚価が上昇し、漁業者の収入安定に寄与した点も把握できました。以上より、ガバナンスを行う際には資源利用者に経済的なインセンティブを与えることが1つの要素となっていること、その際には漁協が重要な機能を果たしていることなどが分かりました。


図4. 国立台湾海洋大学環境生物・漁業科学専攻の教
員および博士課程学生などとの研究協力会議の様子。

この結果は、サクラエビ漁以外の漁業管理や、ひいては海洋生態系サービスの管理問題への示唆を含むものであると考えます。海の恵みを受けられる人達の生計や、効用などにプラスの影響があることが分かれば、これらの人達から協力を得ることが可能となる構図になります。

また国立台湾海洋大学では,環境生物・漁業科学専攻の各分野の先生たちや博士過程などの学生達と研究協力会議を開き、活発な意見交換を行いました。この結果、台湾海洋大学との研究教育面での交流が活発化し、2015年の夏には国立台湾海洋大学の呂學榮教授が本学を訪れたり、同大学の博士課程に在籍する侯清賢さんが2015年4月から半年間本学に交換留学したりといった状況になっています。

現在、台湾で得られた結果と、日本において同じような調査を行って得られたデータを解析し、これらの比較作業を進めています。今回渡航の補助をいただき、NEOPSの若手研究者派遣プログラムに大変感謝していいます。これからも研究成果を早く論文化できるように頑張ります。

ページトップへ