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白鳳丸 KH-12-3次航海 報告(東京大学大気海洋研究所 小川浩史)
2012年7月6日(金)から8月14日(火)にかけての40日間、学術研究船白鳳丸によるKH-12-3次航海が、西部北太平洋を対象海域に実施されました。本航海は「新しい海洋区分の創設に向けた生物地球化学と生態学の統合研究(IMBER航海)」をタイトルとし、2010-2012年度の白鳳丸3か年計画の公募に申請し採択された研究航海です。実際には、国際研究組織IMBER(Integrated Marine Biogeochemistry and Ecosystem Research: 海洋生物地球化学・生態系統合研究)のSSC(科学運営委員会)の現メンバーである小川浩史(東大大気海洋研)と前メンバーの齊藤宏明(水産総合研究センター)を中心に、IMBER国内関係者が主たる研究分担者となって企画したものです。本航海は外航で、途中、7月26日(木)から7月29日(日)の4日間、ミクロネシア連邦ポンペイに寄港し、東京-ポンペイ間をレグ1、ポンペイ-東京間をレグ2とする2レグ構成で実施しました。東京から乗船した研究者は国内外の11機関から31名、このうち6名はポンペイで下船し、レグ2は25名の乗船者で航海が行われました。
本航海は、「IMBER航海」のタイトルどおり、IMBERの国内活動の一環として企画、実施されたことは言うまでもありませんが、同時に、タイトル中にある「新しい海洋区分の創設」のフレーズからもわかるように、NEOPSの趣旨とも極めて密接に関連した航海でもありました。乗船研究者として、下記に示す、NEOPSの項目A01と02に含まれる計画研究班代表者および分担者7名が乗船した他、関係するポスドク研究員、大学院学生も多数参加しました。実際には、本航海の準備段階においては、NEOPSの採択はまだ決まっていませんでしたが、出航を8日前に控えた6月28日(木)、古谷領域長を通じて採択の嬉しい知らせが届き、本航海はまさしく、NEOPSの“キックオフ航海”となりました。なお、本航海では、単年度公募において2つの課題を採択し、このうち1課題から2名の乗船者(日本大学)がありました(1課題についてはアルゴブイ関係で非乗船)。
<NEOPSの計画研究班から本航海への乗船者>
〇項目A01 | ・「海洋生元素地理の高精度観測からの新海洋区系」 代表者:齊藤宏明、分担者:山下洋平・橋濱史典 ・「分子生物地理からの新海洋区系」 代表者:津田 敦 |
〇項目A02 | ・「炭素・窒素循環におけるキープロセスの解明」 代表者:小川浩史 ・「生物生産調節メカニズムの解明」 代表者:武田重信、分担者:佐藤光秀 |
本航海では、大きく下記に示す7つの研究テーマに沿った調査・研究が実施されました(項目6と7は単年度公募の採択課題)。
- 栄養塩類、有機物の詳細分布および炭素・窒素収支の南北変化
- 微量金属元素の化学形態とそれらが生態系,物質循環に果たす役割
- 表層及び中深層生物群集組成および生態系構造の南北変化
- 表層生物生産の生物過程および物理過程による中深層への物質輸送機構
- 近年の分子生物学的手法による生物群集の新種、新機能の発見とそれらが生態系、物質循環の中で果たす役割
- Argoフロートによる北太平洋における海洋変動研究
- 海洋における漂流プラスチック由来の化学物質汚染の調査・研究
レグ1では、東経160度線上の亜寒帯域(北緯47度: Stn.1)から亜熱帯域(北緯10度: Stn.11)の区間において観測点を11点設け(北緯30度以南は5度間隔、それ以北については、2-4度間隔)、各測点において、CTD/CWS採水システムによる表層から底層までの全深度採水を中心に、各種、化学・生物パラメーターの南北断面分布を得るための研究を軸とした観測を展開しました。CTD/CWS以外の観測としては、ノルパックネット、飼育ネット、VMPS、光学観測、LISST(現場型粒子観測装置)の観測が行われ、また、北緯47度(Stn.1)、北緯35度(Stn.5)、北緯20度(Stn.9)の3測点においては、それぞれ、亜寒帯域、移行域、亜熱帯域の代表測点(大測点)として、漂流ブイによるセディメントトラップ実験、現場濾過、ORIネットの観測を加えて実施しました。なお、亜寒帯の大測点Stn.1の位置は、JAMSTECが研究船みらいを利用して実施している物質循環研究関連の時系列観測点K2の位置と一致させました。また、各測点におけるCTD観測データを補完し、より高い解像度での水塊断面構造を得る目的で、測点間の航走中にXCTD観測を行いました(各測点間において1-2点、計15点)。さらに、航走中においては、表面海水中の各種、化学・生物パラメーターの南北分布の詳細を調べるため、研究用海水の定期的な採水が関係者グループによって行われました(緯度1-2.5度間隔。なお、XCTD観測と研究用海水の採水については、東経160度線上を北緯5度まで南下して実施)。
レグ1は、天候、海況に非常に恵まれ、予定されていた観測はほぼ100%実施することができました。観測時間にも余裕が生まれ、最終的にポンペイでの寄港を当初計画より1日早め、その分、台風の影響が懸念されるレグ2の航海日数を1日分増やすことができました。ポンペイ寄港中も天候には恵まれ、各自、島内散策や南国料理などを楽しみながら十分な休養をとることができました。特に、電子長の計らいにより、地元ツアー会社主催による島内バスツアーがアレンジされ、研究者と船員の多くがこれに参加し、ケブロイの滝やナンマドール遺跡等の島内の名所巡りを満喫しました。
レグ2では、ポンペイから日本に向け進路を北西方向にとり、北緯20度東経148度の測点(Stn.12)を起点に、亜熱帯循環域から再循環域を通過し、四国沖で黒潮を横断する測線に沿って、土佐湾沖の終点(Stn.18: 北緯33度東経133度40分)まで計7測点で観測を実施しました。観測内容については、一部を除き基本的にレグ1を踏襲し、7測点のうちStn.12とStn.17(北緯32度東経133度30分)の2測点を大測点に設定、漂流ブイによるセディメントトラップ実験を実施しました。また、Stn.13(北緯30度東経145度)は、レグ1のStn.1(=K2)と同様に、JAMSTECによる物質循環研究航海の時系列観測点S1と一致させました。レグ1で運を使い果たしたか、レグ2では、特に前半において、調査海域付近で熱帯低気圧が発生、さらにそれが台風に成長する等、海況悪化による観測中断と計画変更を余儀なくされることが度々ありました。ただし後半になると海況は持ち直し、観測も順調に進み、結局のところ当初計画からの変更点は大測点1点を小測点に変更した程度で済み、計画された観測の90%程度は実施することができました。また、怪我の功名とも言えるでしょうか、レグ2前半で海況悪化をもたらした台風は、観測点のいくつかを我々を先導するような形で通過していったため、“亜熱帯海域における台風通過直後の観測”という又とない貴重なチャンスを与えてくれました。台風は小規模で停滞時間も短かったため、鉛直的な水塊混合は明瞭には確認できなかったものの、今後、採水試料に対する各種化学・生物パラメーターの分析結果によっては興味深い知見が得られるかもしれません。
以上、KH-12-3次航海で行われた観測の概要についてまとめてみました。今後、個々の乗船研究者による分析やデータ解析が進み、西部北太平洋の亜寒帯域~亜熱帯域(一部赤道域を含む)を貫く南北断面に沿った、生物地球化学、生態学に関わる各種パラメーターの動態の詳細が明らかになることが期待されます。本航海の観測にあたっては、乗船研究者どうしの協力体制が非常に効率よく機能し、威力を発揮しました。また、東京大学大気海洋研究所の観測研究推進室から乗船して頂いた杢さんと竹内さん、観測技術員として乗船して頂いたマリン・ワーク・ジャパンの横川さん、並びに、陸上から支援して頂いた、海洋研究開発機構及び東京大学大気海洋研究所の担当者の方々には大変お世話になりました。最後に、清野船長はじめ船員の方々の研究航海に対する誠心誠意のご支援に、深く感謝いたします。
1 沈降粒子採取のためのセディメントトラップ。 2 LISST(現場型粒子観測装置)を投入するところ。 3 物質循環過程を測定するために、船上で海水を培養する。 4 ポンペイのランドマークとなっているソーケスロック。 5 夜間のノルパックネットによるプランクトン採集。 6 真っ青な貧栄養海域を走る。 7 集合写真(レグ1) 8 集合写真(レグ2) |
図1 本航海の測点図