連載
公海における漁業者の協調生成メカニズムの経済分析:生物多様性と漁獲行動の調和
研究の目的は?
皆さんは、漁師さんたち同士の協力・協調と聞いて、イメージがわくでしょうか。この漁師さんたちの協調が重要になってきています。当たり前のことですが、漁師さんたちは日々さかなをとって生計を立てています。とってきた魚の売値が変わらなければ、たくさんとればとるほど収入が増えます。したがって、たくさん獲りたいと思うのは自然なことです。ところが困ったことに海の中には無限にさかなが存在するわけではありません。すべての漁師さんがとりたいだけとり続けると、やがて海の中にはさかながいなくなってしまいます。そのようなとき、すこし漁獲を抑制する(=我慢する)ことを個々の漁師さんがやる、もしくはみんなで取り決めて実行することが大事になってきます。暗黙のうちに、もしくは明示的に同じ地域で漁業を行っている漁師さんたちが強調できるかどうかが、長い目で豊かな漁場を維持する(持続可能な漁業を実現する)ための鍵を握っているのです。
日本や世界の漁場を見渡してみると、漁師さんたちがうまく協調して持続可能な漁業を実現している漁場もあれば、漁師さんたちが協調できずに水産資源が減少・枯渇してしまっている漁場もあります。それでは、どういう「背景」や「状況」のもとで、漁師さんたちは協調できるのでしょうか。本研究は、漁師さんたちの協調生成の要因を見つけることを目的としています。
何を調べる?「背景」、「状況」とは?
それでは、要因としてどのようなものを取り上げるのでしょうか。大きく分けて以下の4つに分類することができます。
(1)漁業者特性:漁師さんの性格や考えとでもいったほうが分かりやすいかもしれません。例えば将来をどれくらい大事に考えているかを表す「割引率」、リスクをとることをどれだけ好むかを表す「リスク選好」、実際に目に見える協調ではなく個々の漁師さんの協調を好む性向を表す「社会協力選好」などです。また、環境や資源の保護に対してどのように考えているかといった意識や、基本的な個人属性(年齢、所得など)もこれに含まれます。
(2)社会経済特性:漁師さんが住んでいるコミュニティーの特徴です。例えば、そこに存在する慣習や、どの程度の人が外部から移住してきているかなどです。
(3)生態的特性:漁師さんが生活したり漁業をおこなったりする場の自然環境です。どのような魚種が採れるかといったこともこの分類に含まれます。
(4)漁獲・資源管理制度:そもそも数量制限などが、政府によってトップダウン的に実施されているかどうかも漁師さんの行動に影響を与えます。また、漁法、持続可能な漁業の仕組み、あるいはとった魚の鮮度の保ち方などに関する教育プログラムが実施されているかどうかも大事かもしれません。
どうやって調べる?
社会的経済特性や生態的特性については、いわゆるアンケート調査の形式で漁師さんたちに回答してもらうことで把握することができます。また、漁獲・資源管理制度については、政府や地方自治体の水産関係の資料やデータを利用することで、把握することができます。漁師さんの基本的な個人属性も、漁師さんの許可は必要ですが、一般的なアンケート調査によって知ることができます。それでは、漁業者さんの特性は、どうやって抽出することができるのでしょうか。これには経済実験(フィールド実験)という手法を用います。小学校や中学校を思い出すと、「実験」と言えば理科の授業だったように思われるかもしれません。しかし、経済学においても様々な経済主体(個人や企業)の行動や市場の動きを検証するために、経済実験という手法が確立され、多くのシーンにおいて用いられてきているのです。細かい説明は省略しますが、一定の実験環境を整えたうえで、被験者の行動を把握・記録する方法です。もちろん、個人情報に該当する内容になりますので、個人が特定されるような形での公表は一切しません。研究目的に沿った分析とその結果だけが公表されます。
調査場所は?
今回の研究では、フィリピンとインドネシアの漁師さんに協力していただきました。フィリピンではパラワン島プエルトプリンセサ市周辺(2014年5月実施)、ミンダナオ島ジェネラルサントス市周辺(2014年8月実施)、インドネシアではカリマンタン島クブラヤ地区(2014年8月実施)、ジャワ島チルボン市周辺(2014年9月実施)、スラウェシ島マカッサル市周辺(2014年11月実施)のそれぞれ複数の漁村の漁師さんに参加していただき、経済実験とアンケート調査とを実施しました。
分析結果は?
現在、経済実験とアンケート分析によって集めた膨大なデータを翻訳・集計を終え、実際に協調メカニズムを生み出す要因を見つけ出す作業に取り掛かっています。結果を抽出する前の段階で、いくつか判明した面白いことがあります。例えば、フィリピンやインドネシアの決して所得が高くはない漁師さんたちの多くが、自分たちがとっている水産資源が減少してきているという意識を持ち、また資源が枯渇に近い状態になって経験を持っています。日本近海の漁場の情報については、普段の新聞やテレビなどで時々ニュースになっているので、なんとなく資源が減っていることをイメージしている人も多いかもしれません。そして、そのようなことを経験した漁師さんの多くが、それに対する何らかの行動をとった、あるいはとろうとしてきたのです。
まだ分析途中ですが、漁師さんの経験の種類によって、協力への意識が高まるケースと低くなるケースとがあることが分かってきました。今後の全体の精緻化された分析結果が出た段階で改めて報告させていただきたいと思っています。(東田啓作)