科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

連載

魚の乱獲はなぜ防げないのか?

背景・目的

近年、水産資源の減少や漁業の衰退が、社会的に大きな関心を集めています。そして、こうした事態を引き起こしたわが国の漁業の問題は、しばしば「不合理漁獲」ということばであらわされ、一般に、(1)特定漁場への漁船の集中、(2)過剰投資、(3)小型魚の漁獲や過剰漁獲(乱獲)、(4)水揚げの集中(もしくは過剰漁獲)による値崩れ、などの問題を指します。こうした不合理漁獲はなぜ防げないのでしょうか? それを明らかにするには、まず、不合理漁獲がなぜ引き起こされるのか、言い換えると、不合理漁獲が、それをおこなう漁業者にとってどのような合理性を持つのかを明らかにする必要があります。

本研究では、こうした視点に立ち、資源管理意識の高い漁業者とそうでない漁業者の間にはどのような違いがあるのか(→不合理漁獲は漁業者のどのような特性から生みだされるのか)を明らかにすることを目的とします。

課題・方法

本研究では、漁業者の特性のなかでも、「近視眼性」(時間割引率・プレゼントバイアス)に注目します。「時間割引率」とは、将来得られるであろう価値を現在の価値に換算するときに使う割合のことです。「プレゼントバイアス」とは、時間割引率が時間とともに変化する度合いのことです。ここでは、先行研究で指摘されるアンケートによるバイアスの問題に鑑み、漁業者を対象に「経済実験」をおこない、これらを直接的に(経済学的にきちんと定義された形で)計測することにします。そして、こうして計測された時間割引率、プレゼントバイアスと、アンケートによって抽出した資源管理意識との関係をみることで、近視眼性の高さが、こうした問題の原因となっているかどうかを検証します。

くわえて、こうした近視眼性を生みだす要因となりうるような、漁業者の属性にも注目します。たとえば、年齢が高いほど時間割引率が高くなる可能性があります。また、借り入れをおこなっている場合には、それに応じた利子率が上乗せされ、時間割引率が高くなる可能性があります。

これら(時間割引率・プレゼントバイアス)の計測には、表1に示す「時間選好ゲーム」と呼ばれる経済実験を用います。金額と受け取ることのできる期日が異なる2つの選択肢A・Bから、どちらが好ましいかを選んでもらう作業を、金額、期日を変えながら繰り返し、どこで選択がスイッチするか、また、期日の変化によりそれがどのように変わるかをみることで、これらの値を算出することができます。(具体的な算出方法は、ここでは省略します。)

表1。時間選好ゲーム(一部)
選択肢A 選択肢B
1 1か月後に1200円受け取る 今日1185円受け取る
2 1か月後に1200円受け取る 今日1188円受け取る
3 1か月後に1200円受け取る 今日1191円受け取る
4 1か月後に1200円受け取る 今日1194円受け取る
5 1か月後に1200円受け取る 今日1197円受け取る

その他にも、資源管理意識との関係が想定されるため、「リスク選好ゲーム」と呼ばれる経済実験により、「リスク選好度」(リスクを好む度合)を計測し、これも分析に用います。これは、金額と確率が異なる2つの選択肢(くじ)A・Bから、どちらが好ましいかを選んでもらう作業を、金額、確率を変えながら繰り返し、どこで選択がスイッチするかをみることで、この値を算出するものです。

なお、資源管理意識については、ここでは、「今後水揚げを増やすべきか減らすべきか」についてのアンケート(5件法)への回答を用い、また、上記の年齢、借入金、および資源状態についての現状認識など、資源管理意識に関係する可能性のある属性をアンケート項目にくわえ、これらも分析に用います。

分析・結果

今回は、北海道のホッキガイ貝桁網漁業者を対象に経済実験、アンケートをおこない、その結果をもとに分析をおこないました。サンプル数は73です。資源管理意識を被説明変数、経済実験やアンケートで得たその他の変数を説明変数とし、回帰分析をおこなった結果を、表2に示します。計測には順序ロジットモデルを用いました。(詳細は、ここでは省略します。)

表2。推計結果
年齢 -0.0271
借入金 -7.47×10-4
資源状態の認識 -0.480*
時間割引率 4.82×10-3
プレゼントバイアス -1.48×10-3 **
リスク選好度 -0.391**
注1:**:5%有意、*:10%有意
注2:後継者の有無、兼業の有無、互酬的協力度(←公
共財供給ゲーム)なども用いたが、有意ではなかった。
また、借入金の係数のp値は、0.123であった。

表内の計測結果の値に*印の付いている項目が「有意」、つまり、統計学的にみて意味がある(変数の間に関係性があると考えられる)項目です。資源状態が良いと思っている人ほど、また、リスク選好的な人ほど、資源管理意識が低い(水揚げをもっと増やすべきと考えている)ことがわかります。また、時間割引率は有意ではありませんでしたがプレゼントバイアスは有意でしたので、1つの意味においては、近視眼性が強い(近視眼的である)ほど、資源管理意識が低い(水揚げをもっと増やすべきと考えている)ことがわかります。なお、借入金については有意ではありませんでしたが、傾向的には、借入金が多い人ほど資源管理意識が低い(水揚げをもっと増やすべきと考えている)ことがわかり、p値が0.123であったことから、もう少しサンプル数を増やせば、有意な結果が得られる可能性があると考えられます。

まとめ・今後の課題

今回の分析の結果から、(借入金が多く、)資源状態が良いと思い、また、プレゼントバイアスが強く(近視眼的であり)、リスク選好的な人ほど、資源管理意識が低い(水揚げをもっと増やすべきと考えている)ことが明らかとなりました。言い換えると、「不合理漁獲」は、当事者にとっては、(非効率ではあっても)決して不合理ではない可能性があるということです。今後は、こうした結果をもとに、どのように制度を設計することで、こうした非効率な漁獲を防ぐことができるのかを検討していく必要があります。

また、今回は「資源管理意識」に関する分析結果のみを紹介しましたが、アンケートでは、「プール制」や「共同管理」についての質問もおこなっており、これら同士の関係や、これらと様々な特性・属性との関係についても、これから分析をおこなっていく予定です。これらについては、次の機会に紹介したいと思います。(松井隆宏)