科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

連載

外洋性広域回遊生物のサイズ構造における時空間変動の解明

広い大洋中には、ビンナガやカツオ、シマガツオ、サンマ、カラフトマス、シロザケ、ヨシキリザメ、アカイカなどの高度回遊性魚類と呼ばれる生物が回遊しています。そして、これらの生物は、それぞれ種ごとに成長に伴って海洋区系間を移動することが知られています。これによって、ひとつの種をみても、区系によって体の大きさ(つまりは年齢)が異なる群れがいます。例えば、シマガツオは、尾叉長30 cm以上の大型個体は北緯40°より高緯度に多く、また30 cm未満の小型個体は北緯40°より低緯度に多く分布しています(図1)。また、食う食われる関係には体の大きさが大きく関係してきます。このように、生物量とともに体の大きさが時季と場所によってどのように変化しているかを把握することは、生態系の構造と機能を理解するためには重要となります。


図1 シマガツオにおける体の大きさ別の
生息分布の違い

では、どのような生物が、どの体の大きさの時に、どこに生息しているのかを、いったいどのように調べれば良いでしょうか?海の中を船上からのぞき見ても出会えることは難しいのです。特に、高度回遊性魚類は遊泳能力が高いため見つけることはもちろん、トロールなどの袋状の網を曳いて捕まえることも容易ではありません。そこで、その採集には流し網と呼ばれる漁具が用いられてきました。流し網とは、刺網の一種で帯状の網を海中に広げ、魚を網目に刺さらせたり、絡ませたりして採集する漁具のことを言います。この流し網には、目合(網目の大きさ)に応じた特定の大きさの魚を効率良く採集する、いわゆるサイズ選択性が存在します(図2)。このために、ある大きさの目合の流し網だけを用いると、採集された生物の種類や体の大きさに偏りが生じてしまい、本当にそこにいた生物の種類や大きさを知ることができなくなります。そこで、調査のために用いる流し網では、こうしたサイズ選択性による標本の偏りを少なくするために、できるだけ様々な目合を組み合わせて用いられます。しかしそれでも、目合を組み合わせるにしても限りがあるため、生物の大きさや量をより精確に見積もるためには、こうした採集具の特性を調べて、その偏りを補正することが必要となります。


図2 流し網における網目選択性。様々な目合(網目の大き
さ)を組み合せた流し網では、小さな体を持つ生物は網目
を抜けていき、大きな体の生物が網目に刺さったり、絡まっ
たりして採集されます。これによって、目合に応じて採集
できる生物種が限られたり、また同じ生物種でも体の大きさ
に合った目合でだけ採集されることになります。

本研究では、水産総合研究センター東北区水産研究所と国際水産研究所が行なってきた北太平洋西部域におけるアカイカ流し網の近年のデータを用いて、シマガツオやアカイカ、ツメイカ、ハマトビウオに対して、ある目合の流し網が体の大きさの異なる生物をどのくらい効率よく採集するのか、いわゆる流し網のサイズ選択性を求めました。また、長期間にわたる流し網データを用いて、その他の高度回遊性魚類(ヨシキリザメ、カラフトマス、シロザケ、ギンザケ、ヒラマサ、シイラ、カツオ、マサバ、マルソウダ、クロメダイ)についても、流し網のサイズ選択性を求めています。

シマガツオやアカイカ、ツメイカ、ハマトビウオ、カツオ、ヨシキリザメについては、体の大きさのうち、胴回りの大きさを計って、網目の内側の大きさと比較することで、網目に体がどこまで入り込んで捕まえられているのかも検討しています。その結果、種類によって、網目に刺さる、あるいは絡まる機構が異なることも分かってきています。

こうして高度回遊性魚類に対する流し網の選択性が得られたことから、これら区系内の生態系を構成する種について流し網による採集データを用いて、海中資源の体長組成を復元することが可能になります。流し網の選択性によって生じてしまった偏りを補正した体長組成を、NEOPSの他の研究班に提供することで、より精確に生態系内におけるそれぞれの種の役割や機能を評価できるようになることが期待されます。また、本研究の成果は、流し網による資源調査や日本の排他的経済水域(EEZ)内で行われている流し網漁業の漁業管理に広く利用されることが期待されます。(東海 正)

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