連載
外洋域の乱流観測に基づく物質鉛直輸送に関する研究
海洋の鉛直混合は、海洋中深層に高濃度で分布する栄養塩類を、光が届き一次生産者が光合成によって増殖することができる浅い深度に持ち上げる、という重要な働きを持っています。春から秋の海が暖められる季節には、海面近くの海水は密度が小さくなり、下からの重たく栄養塩に富む海水を表面近くにもたらすことは容易ではないため、海面付近では栄養塩は次第に枯渇します。そのような状況でも、乱流と呼ばれる渦が海水を上下に混ぜることによって、下層の栄養塩を表層に運び、少し深いところで植物プランクトンの増殖を支えます。この乱流による海水の鉛直混合は、これまで実測が難しかったため、観測から鉛直混合によってどれだけ栄養塩がもたらされているか、わかっていませんでした。本公募研究では、この乱流による鉛直混合を実測し、栄養塩の供給量を見積もることで、海域(海区)による植物プランクトンの種類や生産量の違いを明らかにすることを目的として研究を行ってきました。
これまで行ってきた研究から一例を挙げて説明します。図左は、2008年夏季に観測された、日本東方東経155度を南北に北緯10度から44度、海面から深さ150mまでの植物プランクトン量を表すクロロフィル濃度分布を表しています。右上段はフコキサンチンという珪藻起源の植物プランクトン種による色素、右下段はプロクロロコッカスという藍藻起源のクロロフィル濃度を表しています。
珪藻起源のクロロフィル濃度は北緯37度以北の水深50m付近で高く、藍藻起源のクロロフィル濃度は北緯10度から35度での50 mから150 m深で高いことがわかります。この分布の違いを、鉛直混合係数と各種栄養塩の上向き鉛直濃度勾配の積で表される各種栄養塩の上向き輸送速度と関係があるのではないかと考え、各緯度でのクロロフィル極大直下における、溶存鉄(nmol/kg)と硝酸(mol/kg)の上向き輸送速度比から鉄最低要求比0.02を引いた値(A値:左図上段)とケイ素と硝酸の上向き輸送速度比から1を引いた値(B値:左図下段)の緯度変化を比べてみました。珪藻が卓越するのは、A値が0より大きく鉄の供給があり、B値も0より大きくケイ酸の供給が十分に存在する海域と対応していました。また、藍藻起源種が卓越するのは、B値が負でケイ酸の供給が十分でない海域でした。ケイ酸不足(B<0)で藍藻起源種が卓越し、かつ濃度が高い30-35度では、A値が正で鉄の供給もあり、輸送速度も大きい(図は割愛)ことと対応していました。
このように上下混合による各種栄養塩の供給が植物プランクトンの多様性や生産強度と関係があるのではないか、という仮説を持って、南太平洋等他の海域での観測を行っています。(安田一郎、西岡純、鈴木光次、小川浩史、小松幸生、田中雄大、後藤恭敬、斉藤類、古川琢朗)