連載
プランクトンや海水の化学成分の季節変化の特徴から、北太平洋の地図を描く
研究班「生元素循環および生態系の長期変動解析」では、北太平洋を中心に、海水の化学的成分や海洋生物の長期観測データ及び、衛星観測データを用いて、温暖化などの気候変化が、海洋中の様々な物質の循環や生態系に与える影響について調べています。北太平洋でも海域が違えば化学成分の分布や生態系の構造も異なります。そこで私たちは、気候の変化に応じて物質循環や生態系がどのように変化するのか、海域毎に特徴的な変化のメカニズムを明らかにするための研究をしています。それらの特徴にもとづき、太平洋をいくつかの海洋区に分類することにより、水産資源、生物多様性、海洋の二酸化炭素吸収といった海洋が人間社会にもたらす様々なサービスの、より良い管理や保全の方法を考えることが可能になります。
【ボランティア船観測や衛星観測データを使う】
私たちの班では、タンカーなどの民間のボランティア船による観測データや、衛星観測データを主に解析しています。地球規模変動解明のための観測は、2通りのアプローチを組み合わせて行うことが重要です。一つは、特定のパラメータを広域で連続して観測することにより時空間分布を明らかにするアプローチ、もう一つはある海域に設置した定点観測により多項目のデータを集中的に取得することにより詳細な変動のプロセスを明らかにするアプローチです。私たちの取り組みは前者にあたります。一方、領域研究の他課題は後者のアプローチをとっています。
【これまでの成果:海洋区の提案】
2014年までに、異なるデータや手法を用いて次の3つの海洋区系を提案しました(図1)。
(1) 生元素の季節変動パターンからみた海洋区系(以下、生元素海洋区)
(2) クロロフィルの季節変動パターンからみた海洋区系(以下、クロロフィル海洋区)
(3) 植物プランクトンの多様性と制限栄養塩からみた海洋区系(植物プランクトン多様性海洋区)
(1) 生元素海洋区
タンカー船等のボランティア船舶による観測で得た2000-2008年の全炭酸と2001-2010年の主要栄養塩(リン酸塩・硝酸塩・ケイ酸塩)のデータに基づき、空間分解能1°x 1°、時間分解能1ヶ月のグリッドデータを作成しました。各グリッドの季節変動パターンの違いに基づき、クラスター解析により海域を9つの海洋区に分類しました。海洋区の特徴として、亜寒帯における栄養塩や全炭酸の濃度や季節振幅の東西勾配が(西で濃度高く、振幅が大きい)顕著です。また、春〜夏の各栄養塩の消費量の差をみると、硝酸塩/リン酸塩比の南北勾配(北で大)、ケイ酸塩/硝酸塩比の亜寒帯における東西勾配(西で大)が顕著であり、海域の植物プランクトン種組成の違いを反映していると示唆されました。また亜熱帯亜寒帯境界域では、年間CO2フラックスが顕著に大きくなりました。
(2) クロロフィル海洋区
2003〜2012年の衛星海色データから得られたクロロフィル-a(植物プランクトンの指標)の季節変化のパターンに基づき、北太平洋をクラスター解析により13の海域に区分しました。(1)と比較すると、特に亜寒帯海域において、生元素海洋区では顕著である東西方向の勾配が、クロロフィル海洋区では不明瞭です。生元素海洋区の各区分に特徴的な、栄養塩比の季節変動パターンが、植物プランクトンの生産と密接に関係していることを考慮すると、生元素海洋区分は、衛星クロロフィルからは見えない植物プランクトン種組成の東西差を反映していることが示唆されました。また、クロロフィル海洋区においては、沿岸と外洋が異なる区分となることが特徴的です。
(3) プランクトン多様性海洋区
衛星海色データと現場観測データをもとに、海域毎に優先する植物プランクトンのサイズクラスを見積もり、各クラスの成長の制限要因となる栄養塩をモデルで計算し、既存のデータで得た栄養塩の分布と合わせることにより、植物プランクトンの生理特性に基づく海洋区を作成しました。その結果は、植物プランクトン種の棲み分けと物質循環が密接にリンクしていること示します。例えば、北太平洋亜寒帯の沿岸域では珪藻類を含む大きい (マイクロ) 植物プランクトンが優占していますが、その成長の制限要因は、ベーリング海では窒素とケイ素、カムチャツカ半島南岸域では鉄、オホーツク海北部では鉄と窒素、というように海域毎に異なることが示唆されます。同様に、北太平洋中緯度域においてナノサイズの植物プランクトンが優占している海域でも西部では窒素が、東部では鉄制限が重要な役割を果たしていることが示唆されます。この海洋区系では、亜寒帯域東西方向の勾配と沿岸域の区分が明示され、よって上記(1)と(2)の海洋区系の双方の特徴を備えた分布となっています。
図2 グリッドが異なるクラスターに分類された回数。
数字が大きい程、季節変動パターンの年による違いが
大きいことを示す。
また、私たちは上記海洋区の、クロロフィル季節変動パターンや、動物プランクトンの多様性が年によって変動しやすい境界域についても調べています。そうした経年変動の大きい境界域を明らかにすることは、例えば、全球規模で海洋観測の実施計画を立てるにあたり、重点的に観測すべき海域を提案したり、生物多様性の保護において期弱性の高い海域を指摘したりする上で、大いに有用と考えられます。例えば(2)のクロロフィル海洋区境界位置の経年的変動を、年によって別のクラスターに分類される頻度によって調べたところ、亜熱帯の低クロロフィル海域と赤道湧昇の境界や、黒潮続流域と亜寒帯収束線の境界域で、植物プランクトン量の季節変化のパターンが経年的に変動しやすいことが解りました(図2)。(千葉早苗)