科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

連載

新海洋像の科学を利用するために政治・社会に求められるシステムとは

新海洋像の研究は、海の恵みを支える仕組みを解明するだけでなく、その恵みを将来世代にまでわたって持続可能な形で人類が享受できるよう、世界中のさまざまな人々(ステークホルダー)の行動を制限や誘導する「海洋ガバナンス」も対象としています。たとえば、世界の物流を支える貨物船などから排出される排気ガスの規制を行う国際海事機関、水産資源が枯渇しないように漁獲量について取り決めを行う漁業管理機関などは、「海洋ガバナンス」の国際的な事例です。また国内でも、里海の取り組みや海洋空間計画のような、目の前に広がる海をみんなで利用しつつ持続可能な保全をしようという取り組みも「海洋ガバナンス」の事例です。ちなみに、国家間から集落まで幅広いレベルで「ガバナンス」を理解することを、「マルチレベルガバナンス」と呼びます。

計画研究班「海洋科学との接続性を考慮した海洋ガバナンスの構築」では、これら多様な海洋ガバナンスの仕組みのなかで、海洋に関する「科学的根拠」がどのように生成され、利用されているのかに着目しています。海の恵みをこれから維持するにあたって、わたしたち各々がどのようなことをすればいいのかを考えるとき、自然科学・社会科学などの研究成果を理解することは、将来後悔することになる間違った判断を防ぐ上で極めて重要です。しかし、現実のさまざまな社会的な取り決め(法規制、条約、ガバナンス)をよく観察してみると、科学的根拠を用いるだけでは、誰もが納得できる解決策を見つけることはほとんどできていません。科学的根拠は、必要条件かもしれませんが、十分条件ではないのです。1970年にはすでに、米国の原子力研究者であったアルヴィン・ワインバーグが、社会としてモノゴトを決める際には科学だけではなく「トランスサイエンス」という領域の論点も考える必要性を指摘しています。また最近では、オレスケスという米国の社会学者が、法規制が自らにとって都合のよいものとなるよう、産業界が都合のよい科学的根拠をつくりだそうとしてきた歴史を指摘しています。ほかにもいろいろな事例がありますが、あるべき社会のすがたを考えるとき、その根拠としての「科学」を無条件に受け入れることなく(同時に「科学」を全否定するわけでもなく)、「科学とのつきあい方」について一歩下がって冷静に考えてみる必要性は、特に福島第一原子力発電所事故を経験したわたしたちにとって、感覚的に理解できるのではないかと思われます。

さて、これまで我々のグループでは、さまざまな海洋ガバナンスについて事例研究を行ってきました。たとえば、国際海運からのCO2の排出削減のために2011年7月に採択されたマルポール条約附属書VIの改正案に着目しました。国際海事機関における交渉では、実際にどれだけのCO2が排出されているのかを把握する必要性がありましたが、実は、日本の研究機関がデータ提供や検証などで重要な役割を果たしたことが明らかになっています。ほかにも、排他的経済水域の設定にも大きな影響を与える専門家集団である国連の大陸棚限界委員会や、各国の漁獲量について取り決めを行う中西部太平洋まぐろ類委員会などについて、意思決定のために科学的根拠がどのように利用されているのか、そしてそこにどのような課題を見て取れるのかを調査、検討しています。

これらの事例研究によって、(1)科学的根拠を提供する専門家の選び方が重要なポイントであること、(2)科学的根拠を提供する役割に限定された組織であっても実質的に政治的機能を担う可能性があることなどが明らかになってきました。今後は、これらの知見をもとに、科学と政治の意味ある応答を可能とするガバナンスのあり方をとりまとめるとともに、ロールプレイによる政策シミュレーションなどを行い、望ましいガバナンスの社会実装に対してより貢献できる知見をとりまとめていきたいと思います。(松浦正浩)

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