科学研究費補助金 新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」

連載

新海洋像:その持続的利用を図る国際レジーム

この研究は、科学調査の結果を効果的に社会に活かすためにはどうすべきかを追求する趣旨のもので、理系と文系双方の考え方を連動させて行う新しい分野の研究です。

人類の歴史を見ても、海洋資源の管理や海洋環境の保全を、関係者が笑顔で合意することはまずなかったといえるでしょう。科学が発展した現代でもそれは変わりません。科学の側では、様々な観測データや分析を元に一定の方向性を示すことができますが、広い海の全てをカバーする調査ができないなどの理由で、100%こうだとは言い切れない不確実性が残ります。一方で、社会の側では、何かの規制を導入すればそのコストを負担する必要が生じ、活動が制限されて金銭的な被害を受ける層が生じたり、更にはその負担割合が公平ではないとする文句が出たり(例えば漁業者だけが負担増になるなどの場合)といった問題が生じます。そして、もし規制の内容が間違っていても、それによって生じた損害を後で誰かが補償してくれるといった仕組みは存在しませんから、当事者はとりあえず不確実な点があれば規制には反対することになります。このため合意形成はなかなか進みません。特に各国の利害が絡む国際社会では、国内の問題より合意形成は難しくなります。

ではどうすればよいのか。我々の研究グループでは、国際的な漁業管理などに合意形成ができた場合とできない場合がある点に注目し、その差が何かを分析することでその答えを見出そうとしました。

世界における漁業生産量(養殖を除く)は1980年代後半から横ばいで推移しており、各年の生産量は約9千万トンとなっています。このうち、生産量の上位25位までの魚種が全体の約3割程度を占めています。これら25種の漁業資源については、国際管理がなされているものとそうでないものが存在します。我々は、各魚種を漁獲する国の数によって、漁業管理に向けた合意形成がしやすいものとしやすくないものが生じるのではないかと考え、それを確かめることにしました。

その結果、ある魚種を1カ国だけが主として漁業対象とする「一極支配(Hegemonic single-player dominance)」の状況では、国際管理のための合意は存在していないこと、そして、ある魚種を2カ国が主として漁業対象としている「二極支配(Coupled two-player dominance)」の状況では国際管理のための合意がやや高い確率で実際に存在していること、更には、ある魚種を5カ国が主として漁獲対象として関心を有している「少数国の資源共有(Shared small-group dominance)」となっている場合はその管理が国際合意されている確率が更に高まること、最後に、多数の国がある魚種を漁獲し突出したプレーヤーがいない「支配者不在の状況(No dominance)」の場合はその管理は全ての魚種で国際合意されていることが分かりました(表1、Blasiak et al (2015))。

表1。資源を支配的に漁獲する国の数と資源管理をする国際協定がある割合。(出典:Blasiak et al. (2015)。本報告のスペースに収まるように簡略化した)
該当する資源の数(トップ25の内数) 資源管理をする国際協定がある割合
一極支配の状況 7 0/7
二極支配の状況 3 2/3
少数国が資源共有 11 8/11
支配者不在の状況 4 4/4

つまり、魚種ごとの個別事例を見る限り、資源を支配的に漁獲する国の数が少ない場合は資源管理を行う国際協定が存在せず、漁獲国が増加するにつれて(つまり支配的に漁獲する国がなくなるほど)国際協定が存在するようになっていることが分かりました。関係国の数が管理に向けた合意形成に影響を及ぼしているのです。この理由としては、関係国の数が少ない場合、合意形成に際して「実質上の」拒否権を有する国ができてしまうためだと我々は考えています。環境問題について本当に国際合意が必要である場合は、有力国に「実質上の」拒否権が使えないような交渉の場を設定するような工夫が重要になるといえます。

もちろん、国際的な合意形成が成立しやすいか否かは、当事国の数だけではなく、問題を放置しておいた場合の被害の大きさや科学データの確からしさなど、様々な要因が関係してくるでしょう。今後は、これらも含めて研究を続ける考です。

更に、合意形成を行い得たとしても、取締がなされていない場合、それは有名無実となります。例えば世界各国に存在する海洋保護区も、その多くが管理や取締が伴わない「ペーパー保護区(書類上だけの保護区)」になっているとの指摘もあります。広い海洋では、政府がくまなく取締活動をすることには多大な税金が必要になりますから、できるだけ漁業者や地域住民の協力を得られる体制が必要になります。我々のチームでは、そのような協力が成立しやすい合意形成のあり方も含めて、更に研究を発展させる計画です。

References

Blasiak, R., Yagi, N. & Kurokura, H. (2015) Impacts of hegemony and shifts in dominance on marine capture fisheries. Mar. Policy 52, 52-58.

 

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