連載
北西太平洋における高次捕食者の群集構造に見られる時空間変異
サメ・マグロ・サケ・イカなどの海洋性高次捕食者の群集構造を理解することは,NEOPSが提案する新海洋区の海洋学・生物化学・生態学的特徴と、生態系サービスや社会経済的価値の関連性を明らかにする上で重要である。しかしながら、このような生態系の包括的理解において、海洋の研究は陸域研究に比べて後れを取っていると言わざるを得ない。その一つの理由は,海洋の大部分を占める外洋域の生態系に関するデータの収集が困難なことであり、特に高次捕食者群集に関する情報は不足している。我々は、漁業と独立した長期調査データを活用して高次捕食者群集構造の時空間変異を明らかにし、環境要因や公海漁業等の人為活動が外洋生態系に与えるインパクトの評価を試みている。
図1 調査地点の地図(Okuda et al. 2014より抜粋)。
4本の調査線に沿って生物標本採集が行われた。
ここに紹介するのは,北海道大学が収集した流し網調査の長期時系列データを用いて、北西太平洋における高次捕食者を中心とする浮魚類の群集構造の時空間変異を解析した研究成果である(Okuda et al. 2014)。1982年から1996年のデータから4本の調査ライン(155°E・170°E・175°E・180°E)の北緯36°Nから48°Nの範囲(図1)を抽出した。調査では、特定の大きさの生物を偏って採集することのないよう異なる目合いの網を組み合わせた刺し網漁具が使用された。標本の種数、種別個体数およびシンプソンの多様度指数を求め、その時空間変異を評価した。
1)群集構造の緯度方向の変化
図2 北西太平洋における高次捕食者群集構造の
緯度にともなう変化。(a)採集尾数、(b)種数、
(c)シンプソン多様度指数。Okuda et al.
(2014)より改変。
採集尾数(図2a)と種数(図2b)は緯度にともなって増加する傾向が見られたが、種数と種組成の均等さの両方を含んだ指標であるシンプソン多様度指数(図2c)では緯度方向の明瞭な傾向が示されなかった。この種数の緯度に伴う変化は、「種多様性の緯度勾配」として良く知られている、高緯度ほど種数が少なくなる一般的な地理的パターンと異なり、高緯度域になるほど種数が多くなっていた。この逆の緯度勾配パターンは、北太平洋亜寒帯域における夏の高い生産性と、それに応じた高度回遊性生物の移動と集中が反映されていると考えられる。この点を深く掘り下げるため、我々はサケ類やアカイカの季節移動と摂餌環境の評価を行っている。
2)群集構造の経度方向の変化
図3 北西太平洋における高次捕食者群集構造の
経度に伴う変化。(a)採集尾数、(b)種数、
(c)シンプソン多様度指数。Okuda et al. (2014)
より改変。
採集尾数(図3a)、種数(図3b)、シンプソン多様度指数(図3c)ともに、最も東側に位置する180°Eの調査ラインで生物の現存量と多様性の両方が低くなる共通の傾向を示した。西高東低の生物多様性パターンは、北太平洋中部における低い生産性が原因となっている可能性がある。NEOPS他班の研究から、黒潮続流の減衰やメソスケール渦の空間分布(A01-1班)、鉄イオン量の減少(A02-2班)が北太平洋における生産性の経度勾配を生み出すことが示唆されている。
3)群集構造の経年変化
図4 北西太平洋における高次捕食者群集構造の
経年変化。(a)採集尾数、(b)種数、(c)種数
を調査網数で割った値、(d)シンプソン多様度
指数。Okuda et. al. (2014)より改変。
高次捕食者群集構造の経年変化は、3つの群集構造指標で一致した傾向が見られなかった。採集尾数は、比較的一定した経年変化を示していたが、期間の後半では調査地点間のバラつき(図の破線)が大きくなっていた(図4a)。種数は経年的に減少していく傾向を見せたが(図4b)、調査努力量の経年変化を考慮した「種数を調査網数で割った値」は逆に増加傾向を示した(図4c)。シンプソン多様度指数は明瞭な経年変化パターンを示さなかった(図4d)。このような群集構造指標間の経年変化パターンの不一致は、レジームシフトのような生態学的プロセス、および調査努力量や採集器具の変化が影響していると考えられる。調査方法の違いが得られるデータに与える影響を評価・補正するために、流し網調査漁具の採集効果とサイズ選択性の標準化に関する研究を公募研究「外洋性広域回遊生物のサイズ構造における時空間変動の解明」として実施している。将来的には、環境・人為的活動・調査方法の時空間変化を考慮した上で、外洋域生態系のより長期的な変化(例えば1950年代~現在)を描き出していきたいと考えている。(奥田武弘)
References
Okuda, T., S. Yonezaki, and M. Kiyota (2014) Spatio-temporal variation in the higher trophic level community structure of the western North Pacific pelagic ecosystem. Deep Sea Research Part II: Topical Studies in Oceanography, 113: 81-90. doi:10.1016/j.dsr2.2014.05.004